園長日記
7月18日(木)、朝来市三保地区の放鳥拠点で放鳥式典があった(写真1)。毎度のことながら、放鳥といっても天井の網を開いただけで幼鳥は飛び出さなかった(ただし、翌日メスが飛び出したそうだ)。今回も、養父の伊佐の放鳥と同じで(No.16参照)、大きなケージの中で、昨年10月19日から親鳥のペアを飼育し、その子供たちだけを自由にケージの外へ飛び立たせようとするソフトリリースだ。
今回の特徴は、この両親が産卵をしなかったため、郷公園で抱卵されていた卵を托卵して孵化させ、そのヒナを野外に出そうとしたことである。そうは言っても、実は育てた両親と育てられたヒナは、まったく赤の他人というわけではない。托卵された卵は、郷公園で生まれたものだが、それを生んだメスは、実は三保のメス親の娘である。だから、三保の両親は養子を育てたとはいえ、それは孫なのである。かわいらしい幼稚園の子供たちによる2羽の幼鳥への命名式もあわせて行われた。オスが「みほと」くんで、メスが「あさひ」ちゃんである。岡林区長さんと多次市長さんから「県のコウノトリ野生復帰グランドデザインに基づいて、但馬全域に繁殖地を広げる事業の一部だ」と言うご挨拶を頂いたのは大変うれしかった。グランドデザインが徐々に定着してきたのだ。
私の隣席を占められた来賓の復興副大臣谷公一さんから、「園長、どうして、ここなのですか?」と小声で尋ねられた。勿論この地が環境に優しい農法で水田耕作をしている熱心な地元の方々がいたからだ。しかし、それに加えて、この地でコウノトリが繁殖していたことを示す貴重な証拠写真が少し前に出てきたのだ。それは、朝来市山東町矢名瀬町の富森静子さん(101歳)からご提供があった写真2で、裏には鉛筆書きで次のように書かれていた。
柿坪のツルの巣ごもり 家の人きんじょの人と、おべんとうや御酒もあったし、みんなで食事しました。私が3年の時。
つまり、この地にはおよそ100年ぐらい前にはコウノトリの鶴山があったのだ。それは、出石や養父の鶴見茶屋と同じで、私たちはその地へ、コウノトリの繁殖地を復活させようとしているのだ。その道は険しいかもしれない。それでも今私たちはそのスタートに立った。
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