公立大学法人 兵庫県立大学大学院大学院 地域資源マネジメント研究科

園長日記

(060)大迫インデックス

前回、徳島県を訪問した経緯(いきさつ)を書いた。そして、ますます第1号支店開設の期待が高まってきたと書いた。では、何をもって「支店の開設」と決定するのだろうか?出張所と支店の違いは「繁殖があるかどうか」なので、産卵が始まれば支店開設確定である。徳島県と郷公園は、その産卵が始まったと本日推定発表した。これまで、雌雄が巣材を運んだ巣の大きさはどんどん大きくなって、卵が産まれているのではないかと想像されていたが(写真1,2)、巣の中の卵を直接目では確認できないから(ドローンを飛ばすという手もあるが、それにもNo.46で書いたように問題はある)、どうやって産卵があったと推定できたのだろうか?

(写真1)抱卵する徳島のコウノトリ(提供:浅野由美子氏)

写真1 抱卵する徳島のコウノトリ(提供:浅野由美子氏)

(写真2)交尾行動をする徳島のコウノトリ(提供:浅野由美子氏)

写真2 交尾行動をする徳島のコウノトリ(提供:浅野由美子氏)


それは、兵庫県立大学大学院・大迫義人准教授らの、これまで10年以上に及ぶ野外観察の結果から出てきた指標を使う。コウノトリは初卵を産むと巣に伏せて抱き始める。この抱く時間が、卵を産み終わると長くなるのである。細かいことをいうと、1日7時間以上の観察で、その間親鳥が長時間(経験的には10分以上)巣を留守にすることなく、以下のことが確認できれば産卵していると推定される。1)雌雄あわせて50%以上の時間、巣で伏せていたら初卵の可能性が高い。2)80%を超えると本格的抱卵(2卵以上の産卵あり)に入っていると見なせる。これを私たちは「大迫インデックス」と呼ぶことにしている。

では、なぜ「産卵があったかどうか」を推定する必要があるのだろうか。産卵が始まったとすると、特に注意しなければならないことがあるからだ。それは親鳥を驚かせて長時間巣を離れさせると、すぐにカラスに卵をもっていかれてしまうからである。だから、これまでに増して、人間は彼らの巣にあまり近づかないようにする必要がある。さらに、初卵日がわかると、抱卵日数から孵化日を知ることができる。孵化日が推定できると、ヒナたちに足環をつける日取りが特定され、高所作業車などの段取りができるのだ。だから、産卵が始まったかどうかは今後の対応に重要な鍵となり、「大迫インデックス」の価値はただならぬものとなる。

コウノトリに関するインデックスには、これも同大学院・佐川志朗准教授らによる餌量の指標がある。これは2012年に野外第三世代のヒナを巣立たせた福田ファミリーが(ここは餌付けが一切されていない)、育雛期(6月~7月)に採餌していた水田の餌動物量(平均値)を推定したもので、そこでの餌生物量のリファレンス値は、個体数にして11.9個体/m2、重量にして8.5g/m2であった。これを私たちは「佐川インデックス」と呼び、県外の放鳥地域での生息地としての適否を測る重要な一つの指標としてきた。さらに、彼らは魚類調査でよく採用されるCPUE(Catch Per Unit Effort)の概念に従って、地元の人でも小学生でも誰もができる統一した簡易捕獲手法で、定量的に餌生物量を把握する方法を開発した。これを「佐川メソッド」と呼ぶことにした。

これと似た話は、新潟大学の永田尚志教授が行ったトキの採餌量推定についての「永田インデックス」もそうだ。要するに、野外のトキのオスは1日62~78尾、メスは50~65尾のドジョウが必要であると理論的に計算し、それにクロツラヘラサギから得られた飢餓耐性をもとに、どのくらいまで絶食が可能か推定したもので、野外観察で、この限界まで採食量が落ちない限り、餌やりはしないという環境省のガイドラインを作る元になった指標である。

このようなインデックス(指標)に研究者個人の名前を冠したのは、決して本人たちではない。長期間にわたり、その情報を収集・解析して使えるようにした研究者個人の努力と、そのオリジナリティー(独創性)に対して周囲が敬意を表して、個人の名前を冠している。そして、その指標が社会的に大きな影響を及ぼす場合には、その指標を使うことが妥当かどうかの科学的スクリーニングが必要だ。そのためには、そうした指標は科学論文として科学雑誌に投稿される必要がある。なぜなら、投稿されると、複数の査読者の厳しい目によって、その内容の正当性が吟味され、正しいものだけが掲載されるからである。もっとも、小保方論文のように「Nature」に掲載されたからといって正しいとは言えないものもあるから注意は必要だが。

また、論文は英語で書くのが好ましい。それは何も恰好をつけるためではなく、汎世界的に(例えば韓国・中国・ロシアでも)その指標が使われることに役立つからだ。和文で書かれた論文でも英文抄録(サマリー)が必ずついたり、図表だけは英文で作成されることが多いのは、日本語を読めない読者に配慮するためである。野生復帰にはまず、地元の「地域の力」が必要であり、これに車の両輪のように「科学の力」が加わって花開くものだと確信している。

徳島県鳴門市でのコウノトリの産卵に対して心からお祝い申し上げる。2005年に豊岡の地で初放鳥して以降、これまで野外コウノトリの繁殖地は豊岡盆地とその周辺に限られてきたが、今回の産卵は繁殖地の支店開設第1号となる快挙だ。これも、徳島県、鳴門市をはじめ、地元住民、農業関係者等の皆様の様々な取組の成果であり、「地域の力」がいかんなく発揮されたもので、改めて敬意を表したい。今後、卵が無事に孵化してヒナが元気に育ち、徳島県生まれのコウノトリが巣立ちのときを迎えられることを心から祈念したい。

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