公立大学法人 兵庫県立大学大学院大学院 地域資源マネジメント研究科

園長日記

(024)野生100羽超えの新時代の幕開け

コウノトリ(White Stork)に話が及ぶと、まず「赤ちゃんを運んでくる鳥」という話になる、これは日本のコウノトリではなくヨーロッパコウノトリの話だ。嘴が赤いのでシュバシコウ(朱嘴鴻)ともいう。

昨年11月に、ドイツのロマンティック街道を訪れ、ローテンブルグに立ち寄った。そこに「ケーテ・ヴォールファールト」という1年中オープンしている大きなクリスマス用品専門店がある。胴体の部分をはずして、コーン型のお香を入れて焚くと、顔から煙がモクモク出てくる「スモーカー人形」を買い求めに入ったら、偶然コウノトリの「スモーカー人形」があったので、これも買ってきた。確かに嘴が赤く塗ってあり、首から赤ちゃんの入った駕篭をかけている(写真1)。

ヨーロッパコウノトリ(European White Stork)は学名をCiconia ciconiaといい、リンネによって1758年にスェーデンの標本を元に記載された(当時は属名はArdeaだった)。この頃は、我々が目にしている日本のコウノトリも、同種あるいは亜種であるとされていた。しかし、1873年にスインホエにより横浜の標本を元に、アジア大陸の東側にいるコウノトリは別種Ciconia boycianaとなり、英名はOriental White Storkになった。和訳すれば「東洋のコウノトリ」とでもいうのだろうか。私たちはこれを「ニホンコウノトリ」と呼んでいる。

両種の分布は、図1に示す通り、西と東に分かれ、ヨーロッパコウノトリは、その名の通り、おもにヨーロッパで繁殖し冬はアフリカへ渡って越冬する。これに対し、東洋コウノトリはロシア東部で繁殖して、冬は中国南部に渡る。両種とも渡り鳥なのだ。驚くべきことは、この分布図を引用した、最も権威あるとされている図鑑『世界鳥類ハンドブック』(IUCN 1992)でさえ、日本や韓国にはコウノトリは現存しないことになっている(トキについても状況は全く同じだ)。

なぜ、そうなるかこの図鑑の本文を見てみると、「日本と韓国では、街中でも普通に見られたものが、19世紀の後半に銃器の急増によって劇的に絶滅してしまった」とあり、さらに「日本では、野生復帰を目指して、1963年から人工飼育が試みられていて、1987年には38羽が飼育されているが、いまだに野生復帰には成功していない」と書かれている。つまり残念ながら、コウノトリについては、これが世界の常識となっている。だからこそ、前回の園長日記で書いたように、東洋コウノトリの正しい最新情報を世界発信する必要があったわけだ。

それでは、日本のコウノトリの野生復帰の現状を世界発信したら、直ちに分布図は書き改められるのかというと、そうでもない。今年で、野生下のコウノトリの数は100羽に迫りそうな気配だが、IUCNにも、何羽になったら野生復帰がなされたと判断するのかの数量的基準はないし、私たちもこれで十分という基準をもち合わせているわけではない。前回も述べたようにIUCNの『世界野生復帰通覧』には、その成功度を自己評価する項目があり、「失敗」「部分的成功」「成功」「大いに成功」の4段階に分かれている。わが国に分布の色が塗られるのは、少なくとも「成功」という評価が下らない限り駄目だろう。それを目指しての新たな年にしたいものだ。いずれにしても、自分を中心に据えて、物事を眺めるのではなく、世界的な視野でコウノトリの野生復帰を見て行くことが大事であろう。

ちなみに、なぜ東と西に似たような2つの種類の渡り鳥が生まれたのかについては、図2のような大陸氷河の盛衰を考えてみると辻褄が合うようだ。つまり長きにわたって氷河によって隔離されていた一つの種が、氷河が北に退いた後も、交配することのない二つの異なる集団に種分化したのだろう。以上、野生下100羽超えを迎えようとしている年のご挨拶に代えたい。

(写真1)コウノトリのスモーカー人形

写真1 コウノトリのスモーカー人形


(図1)ヨーロッパコウノトリCiconia ciconia(左)と東洋コウノトリCiconia boyciana(右)の分布図(赤:繁殖地、緑:越冬地)

図1 ヨーロッパコウノトリCiconia ciconia(左)と東洋コウノトリCiconia boyciana(右)の分布図(赤:繁殖地、緑:越冬地)

(図2)ヨーロッパコウノトリと東洋コウノトリの種分化の過程

図2 ヨーロッパコウノトリと東洋コウノトリの種分化の過程


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