公立大学法人 兵庫県立大学大学院大学院 地域資源マネジメント研究科

園長日記

(013)野上のヒナへの足輪つけ

5月9日(木)。野上の巣塔で、コウノトリのヒナに足輪をつける作業に立ち会った。なぜ足輪をつけなければならないかは、「園長徒然日記」No.2で、すでに述べた通りである。これまで標識した野外のヒナ49羽のうちで6羽(12.2%)が巣の中で足輪が装着され、大部分のヒナたちは、巣立ち後に幼鳥になってから足輪をつけられてきたのである。

巣立ってしまってからの足輪の装着には、主に二つの問題がある。ひとつは、広い野外で捕獲しなければならないことであり、これがなかなか難しい。郷公園のスタッフが、ネットランチャー(正式には「引き紐付携行型拘束網展開装置」というらしいが、要するに痴漢に対する防具である)を加工・開発した捕獲装置もあるが(『野生復帰』No.1参照)、そんなに簡単に野生の鳥は捕れるものではない。もうひとつの問題点は、捕獲に先立ち捕獲場所に給餌して餌付けなければならない点だ。これは幼鳥の時代に餌付けの経験をさせてしまい、「給餌は基本的にはよくない」とする郷公園のポリシーに反する。その上、No.2で書いたように、標識作業中に操作ミスで死亡する危険性もある。

それなら、巣立つ前に巣の中で標識をしてしまえばいいわけだが、これにもいくつかの問題があった。まず、すべての巣塔に高所作業車が近づけるわけではない。さらに、費用がかさむのも問題だった。それでも試験的に、巣の中でヒナに標識したのは、2009年に百合地巣塔の1羽のヒナが初めてだった。当初から、あんな大きな高所作業車を巣塔に近づけると、親鳥が育雛をやめてしまうのではないかとか、ヒナが飛び出してしまうのではないかという地元の声があり、高所作業車に比較的馴れていた百合地の巣塔が選ばれたのである。幸い親鳥も放棄せず、ヒナも落下することなく、足輪を装着できたのだが、ヒナの脚のふしょ部が曲がってしまうという障害が起きてしまった。その原因は、使用したリング(プラスティック製のエルザリング)の厚みで、脚の成長部位が圧迫され、ふしょが曲がってしまったのである。このことがあってから、巣内ビナへの足輪の装着については、郷公園もかなり慎重にならざるを得ず、先に書いたように、巣立った後の標識をやむを得ず続けていたのである。

そのような問題点を解決するために、園長日記No.2では、「郷公園では、少しでも野外での捕獲を少なくするために、巣内ビナに足輪を施す作業を今年から計画している」と書いた。巣の中で足輪をつけるには、ヒナが小さすぎても、大きすぎてもいけない。小さすぎると、リングが抜けたり、怪我をすることがある。大きくなりすぎると、巣から飛び出してしまう心配がある。そこで、装着にもっとも好適なヒナの日齢を飼育下で実験的に調べる必要があった。ヒナが飛び出さず、足輪を付けても脚の成長に支障を与えない日齢を決めるためである。その結果、飼育下で脚の太さが最大になるのが日齢45日前後で、この日齢であればヒナが巣から飛び出すことはないことがわかった。2012年に、もう一度、試験的に野上巣塔のヒナで試したところ、問題はなかったので、あらためて今回の実施になったわけである。5月9日は、野上の巣塔のヒナが丁度45日齢を迎えた日だった。

作業の手順はこうだった。高所作業車を巣塔に寄せてクレーンを上げる(写真1)。荷台には4人のスタッフが乗る。そこで、ヒナに袋をかぶせ荷台に移す(写真2)。ヒナに金属製色足輪を装着したり、DNA採集をするために羽根をとる(写真3)。これは余談だが、今回のDNAの性判定では、2羽ともオスだった。オス不足で困っていたところなので、大変おめでたい話だった。

作業は約20分で終了し、ヒナを巣に戻してやった。その際に、人間を見てヒナが怯えて飛び出すことがないように、布をかぶせて暗くする。その後クレーンを下げるが、布がまだかぶせられたまま荷台が下がってきたので、「おい、おい、布を忘れているぞ」と心配していたら、布には長い紐がついていて、それを下から除幕式のように引くのである。布はハラリと落ちてきて、ヒナはおとなしくしていた。なんとも、その鮮やかな手並みに私は大いに敬服し、満足したものだ。

郷公園では、この成功をもって、今後、基本的には、高所作業車が近づけるすべての巣塔で、巣内ビナへの足輪の装着を実施する計画である。そのとき、また大きな問題が残る。兵庫県を越える県外の巣塔の場合、どの主体が責任をもって施行するかだ。行政区画が異なるところへ、兵庫県が他県の事業をしていいものかどうかも、まだ決まっているわけではない。これは私見だが、郷公園は、さまざまな理念や、技術を提供してお手伝いはできるが、やはり責任をもつべきは、当該巣塔のある県や市や地元の方々であろう。京都府の場合は、府や京丹後市や地元の方々が中心になって進めることが、昨年からすでに慣例になっている。将来、もっともっと遠くで、多くの場所で、繁殖が始まった場合、具体的にどのように対処すべきかのルールを早急に決める必要があるだろう。京丹後市永留の巣塔は、ヒナの日齢45日目が6月上旬に迫ってきた。

トキのヒナへの足輪の装着は、安全性を配慮して、昨シーズンは見送られたが、5月14日に、無事に足輪がついたと発表された。これも安堵するニュースであった。

(写真1)高所作業車を近づけてクレーンを上げる

写真1 高所作業車を近づけてクレーンを上げる

(写真2)ヒナを布袋に入れて取り出す

写真2 ヒナを布袋に入れて取り出す

(写真3)色足輪を装着したり、DNA試料を採取する

写真3 色足輪を装着したり、DNA試料を採取する


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