公立大学法人 兵庫県立大学大学院大学院 地域資源マネジメント研究科

園長日記

(006)佐塔

エヒメと呼ばれる有名なメスがいる。なぜ有名かというと、このコウノトリには足環がなかったことより大陸から渡来した野生個体だと判断されているからだ。最初に日本国内で観察されたのは、2005年11月8日、宮崎県南那珂郡南郷町である。その後、鹿児島県薩摩川内市へ動き、愛媛県今治市を経由して2006年5月1日に、兵庫県豊岡市のコウノトリの郷公園園内で発見された。しかし、1泊しただけで、2日には豊岡を離れ、愛媛県西予市へ移動した。ところが、同年7月31日に、再び郷公園に飛来した。この頃から、愛媛県から来た個体ということと、足輪がついていないので個体番号をつけられないことから、「エヒメ」と呼ばれるようになった。2007年と2008年には、夏を豊岡市で、冬を西予市で過ごす渡り的行動を示すようになって、ますますエヒメという名前にふさわしい個体になっていったのである。

エヒメは羽毛の特徴から2005年生まれと推定されたが、性成熟年齢の4歳に達した2009年には、飼育個体のオスに関心を持ち、そのオスのいたケージの屋根に単独で巣を造った。そのエヒメに、2007年放鳥個体の♂J0405が接近しめでたく結婚が成立したが、このオスはエヒメの巣とは別の場所に造巣したため、エヒメが産んだ卵を抱卵・防衛せず、卵はことごとくカラスに盗られてしまった。ケージの屋根上の巣で、エヒメが10卵産んだ段階でカルシウムが不足して殻が柔らかくなり押し出しにくくなる「卵づまり」を心配して、エヒメの巣を撤去し、同時に近くに木製の仮設巣塔を建てたが、その年は、この巣塔に移ってくれなかった。しかし、翌2010年には、♂J0405とともにこの仮設巣塔で繁殖を開始しヒナを巣立ちさせるのに成功した(写真1)。遺伝的多様性を増やすために、大陸由来の遺伝子は貴重であるので、このペアのヒナの誕生は当時ビッグニュースとなった。そして、このペアは2011年にも繁殖に成功して、ますます豊岡個体群のエース格のペアになったのである。

エヒメペアについて困ったことが起きたのは2011年の冬のことだった(同じ困ったことは2010年にも起こっていたのだが)。それは鳥インフルエンザの流行だった。2011年の鳥フルの蔓延は長期に及び、西公開ケージの飼育個体を鳥フルから守るために、野外個体との隔離を目的に、通算約2ヶ月間にわたり、これらの個体を飼育施設に収容した。そこまでして、外部からのウイルスの侵入を防止しようとしているのに、エヒメペアが飼育ケージの上に止まったりしているのは、外部からのウイルスの侵入を防ぐという基本に整合しないので、私たちは、虎の子のエヒメペアを泣く泣く、飼育敷地外に出すために、彼らが馴染んだ巣塔を撤去し、新たにケージから離れたところに、巣塔を新設して、彼らをそこに誘導しようという作戦を開始したのである。

しかし、彼らは、場所を変えての2本の巣塔の新設にも、頑なに抵抗し、巣塔の近くの電柱に巣を作ろうと試み、その都度、巣材を取り除くという「コンクラーベ(根競べ)」がつづき、ついに2012年の繁殖期は、彼らに繁殖させることができなかった。3本目となる今年の仮設巣塔の設置には、佐藤主任飼育員をはじめとする郷公園のスタッフが、今年ダメなら、全く別の方法を考えなければならないというところまで追い込まれての背水の陣の作業だった。それだけに、エヒメペアが新巣塔で繁殖を開始したことは大変喜ばしいことであり、私は、この巣塔に佐藤さんの功績をたたえて「佐塔」と名づけたい。

佐塔でのエヒメペアの繁殖の状況はライヴの映像で、いつでも見ることができる(配信期間中は当サイトのトップページからリンクを張っています)。今年は、カメラアングルが低く、巣の中を見づらいが、繁殖終了後には、カメラの位置を高く設置して、来季は巣の中がきれいに見えるようにしたいとスタッフは意気込んでいる。ぜひ、ひとりでも多くの方が郷公園のホームページを覗いてみて、このエースペアの繁殖成功を見守って欲しいものだ。

(写真1)日本で初めて確認された大陸渡来個体、エヒメ(左)の繁殖

写真1 日本で初めて確認された大陸渡来個体、エヒメ(左)の繁殖

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