公立大学法人 兵庫県立大学大学院大学院 地域資源マネジメント研究科

園長日記

(005)コウノトリの遠足

3月29日。長野市の家に滞在していたので、朝4時に起きて車で白馬村神城へ♀J0016を見に行ってきた。このメスは、♂J0001(2006年ソフトリリース)と♀J0362(2005年ハードリリース)を両親として、2009年6月29日に、野上のコウノトリ保護増殖センター近くの電柱に造られた巣から巣立った(写真1)。ともかく遠出の好きな4歳のメスで、今回がなんと13回目の遠足で、12回目までは、すべて豊岡に帰還している。最も北は青森県まで、最も南は愛媛県まで飛び回り、1回の最長の総移動累積距離は2,396kmに及ぶ。また、白馬村には、2010年7月29日にも1歳の時に来たことがある。

現地には5時に着いたが、靄(もや)がかかっていて、周囲は何も見えない。さすがこの靄では、連日押しかけているアマチュアカメラマンはひとりもいなかった。しばらく待っていると、6時40分頃、姫川の下流から彼女は飛んできた。私の前を悠然とひと回りして、国道の向こう側へ飛んでいった。トキが長野県の木島平村へ飛来した折に、当時の佐渡市長は、木島平村村長に「うちの娘がお邪魔しているようだが、よろしくお願いします」と電話をしたそうだが、はるばる豊岡から飛んできたコウノトリをこうして間近に見ると佐渡市長の気持ちも分からないでもない。

犬連れで散歩をしていた近所の男性に、「毎日お散歩ですか、コウノトリはいますか?」と聞くと、「今日は来ないよ。餌があると来るよ」と、自信に満ちた返事が返ってきた。自分が見ないと来ていないと断ずる勇気にも感心したが、来ないのは餌がないからだと言い切る、その根拠は何だろうと不思議に思う。おそらく、それはマスコミによる刷り込みだろう。今回も地元紙はコウノトリの飛来を写真入りで報道し、「この地に居着いて繁殖して欲しいです」「それには餌場を整備して餌を増やそうと思います」という愛鳥家のコメントを掲載して記事を締めくくっている。こうした安易な当たり障りのない報道が、コウノトリがこの地を去った時に、地元の人をして、「まだ餌場の整備が足りなかったのです。さらに頑張ります」という紋切り型のコメントを言わせることになる。いくら環境を整備しても、配偶者がいないことには彼女は時期が来れば、ここを去るだろう。それにオスを待ったとしても、やってくることはまずない。豊岡には性成熟年齢(3~4歳)に達したオスは今のところいないのだから。でも、若いオスはいるのだから彼女は戻るのかもしれない。いずれにしてもJ0016が豊岡へ帰ってしまう理由を環境整備不足だけに帰するのは地元の方々には気の毒というものだろう(写真2)。

こうしたコウノトリの遠足は、全国各地に向けて行われているのだが、概ねの現地の反応は白馬村と同じだ。いなくなると、「餌が十分ではなかった。もっと環境整備に力を入れよう」という紋切り型の総括ではもはやすまない段階に来ている。郷公園も、こうした遠足について現地のマスコミから尋ねられた時に、両親、年齢、過去の遠足の経歴などを教えてあげるだけでなく、遠足の「生物学的意義」について答えられる用意を、そろそろしなければならないだろう。それとともに、招かれなくとも、積極的にコウノトリの遠足先に出向き、動物社会学的な視点からも、お話をして差し上げることが、コウノトリの全国区化を進めるために重要なことではないかと感じた。7時を過ぎると、靄は晴れ上がり、白馬連峰が眼前に現れた(写真3)。

追記:このメスは4月5日に兵庫県養父市の伊佐拠点付近にて目撃された。

(写真1)野上の巣で巣立ち前日に(2009年6月28日)

写真1 野上の巣で巣立ち前日に(2009年6月28日)

(写真1)J0016、白馬村でドジョウをパクリ(提供:松本宏一)

写真2 J0016、白馬村でドジョウをパクリ(提供:松本宏一)

(写真3)白馬連邦を背景にしたJ0016(提供:松本宏一)

写真3 白馬連邦を背景にしたJ0016(提供:松本宏一)


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