園長日記
先日、新幹線に乗っていたら、「御用の向きは、担当アテンダントにご遠慮なくお申し出ください」という車内放送があった。アテンダントとは誰のことかと思ったら、どうも車掌のことらしい。また、渋谷駅から小さな循環バスに乗ったら、「御用はサービス・プロバイダーにお申しつけください」というテープに吹き込まれた放送があった。これも誰のことかと思っていたら、続いてテープで英語の放送が続き、「サービス・プロバイダー」の部分は「ドライバー(運転手)」と言い換えられていたから、外国人にも通じない言葉なのだろう。こうした和製英語が日本では氾濫している。日本人はとても英語が好きらしいが、お年寄りには不親切と言わざるを得ない。
他人のことは言えない。私もいい気になって「野生復帰グランドデザイン」とやっている。こちらは、外国人には通じるものの、豊岡の小学校で講演した時には「野生復帰大作戦」と言い換えなければならなかった。しかも、グランドデザインの中には、「アダプティヴ・マネージメント」という言葉が重要な概念として繰り返し強調されている。「順応的管理」と説明はされているものの学術用語も不親切という点では、どうもまずかったかなと思う。その点、「コウノトリ湿地ネット(これも英語だが)」の佐竹さんはさすがだ。様子を見ながら戸島のコウノトリへの給餌を減らしてみることに「見試し」という見事な美しい日本語を当てている。これが、まさに「順応的管理」そのものなのだ。
マイケル・フレイン作の戯曲『コペンハーゲン』(小田島恒志訳、劇書房、2001年)に、物理学者ニールス・ボーア(B)とヴェルナー・ハイゼンベルク(H)の次のようなやり取りがある。
H あることに意味があるとすれば、それは数学的な意味です。
B つまり君は、数学が成りたっていれば、意味はどうでもいいと。
H 数学こそ「意味」なんです!それが、意味があるということです。
B だが、最終的には、いいかい、最終的には、わたしたちはマルグレーテに説明できなければならないんだよ!
マルグレーテはニールス・ボーアの奥さんである。
野生復帰の最先端の研究では、卑近な直感を拒絶した上で厳密に定義された学術用語を使わないと伝えられないということもあろう。しかし、徹底的に考え抜かれた理論を、正確で平易な日本語に置き換える作業を丹念にしなければ、その理論が社会で定着したとはいえないだろう。そうした社会定着を経てはじめて、理論的に正しい主張が社会にとって価値のあるものになるからだ。
野生復帰は、優れて社会的な作業である。そうであるならば、我々の提案は少なくとも自分の妻に通じる言葉で語りかけられなければならないだろう。
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