公立大学法人 兵庫県立大学大学院大学院 地域資源マネジメント研究科

園長日記

(003)卵の入れ替え

「這えば立て、立てば歩めの親心」という句がある。コウノトリの試験放鳥は、まさにこの言葉通りだったと思う。放鳥したら、まず野外で生きてくれ。野外で生きたら、次は、どんなつがいでもいいからペアを形成してくれ。ペアを形成したら卵を産んでくれ。卵が産まれたら無事孵ってくれ。孵化したら巣立ってくれ。これが豊岡の人たちの願いだったのだ。2005年に初放鳥を行って以来、この願いは着々と現実のものになってきた。そして、今、放鳥コウノトリのペア数は昨年末で12ペアとなった。

しかしながら、「立てば歩め」の願い通りペア数が増加すると、不具合のあるペアも出てきた。12ペアのうちの2ペア(17%)は「母×息子」と「姉×弟」の近親婚であることは前回書いたとおりである。実はこれに加えて、「♀×♀」のペアが1組できている。このペアは、早晩解消されるだろうという私たちの期待に反して、すでに3年越しで毎年、無駄な産卵を重ねてきた。♀×♀ペアであっても、外国のカモメの例のように、精子だけはよそのオスからもらってきて子供が産まれることも期待したが、彼女らは3年間、無精卵を虚しく産み続けたのである。♀×♀ペアができる原因は、おそらく野外でのオス不足によるのだろう。これも加えると、25%のペアは野外での健全な増殖については「不具合な結婚」ともいえる。その上、ペアごとの繁殖成績に大きな差が生じてきており、子供をうまく残すペアと失敗するペアがはっきり分かれ始めてきている。このことは、今後ますます、こうした「不具合な結婚」が増加するだろうことが予想される。これまで、郷公園はこうしたペアに対しては消極的に繁殖を妨害する対応をしてきた。たとえば、ほかのコウノトリ個体が、こうした不具合なペアの繁殖を妨害する行動に出た時に、それに加勢したり、交尾の時期に巣塔をたたいて、事情をよく知らない住民のお怒りを買ったりもした。ことは、「ただ歩め」ではなく、「正しく歩め」という欲の深い願いをかける段階に入ったようだ。

考えられる対応策には、それらの不具合なペアに介入してペアを強制的に解消させる手もある。しかしそれは、捕獲の際の事故もあるので最後の手段だろうということになり、考え出された方法の一つが「卵の入れ替え」である。産卵時期のほぼ同じ、遺伝的にも問題のない卵を、人工的に交換してやろうというのである。卵の入れ替えのいいところは、同腹兄弟ではなくても、飼育下の異なる親からの卵を集めて計画的に托卵できる点である。これで、同じ巣から巣立った異性の鳥でも本当の兄妹(姉弟)ではないので不具合なく結婚できることになるが、問題はそうは簡単ではないようだ。これまでの結果では、コウノトリは同じ巣から同時に巣立った場合にはペアになっていない。つまり、同じ巣で育った兄弟姉妹だと認識していて、ペアになるのを避けるが、年を越して生まれた兄弟姉妹は、兄弟姉妹だと認識できないことを示唆している。逆に言うと、遺伝的に兄弟姉妹ではない卵を人工的に託しても、同じ巣から巣立つと彼らはお互いを兄弟姉妹として認識してしまい、結婚しない可能性がある。こうした「卵の入れ替え技術」はまだ野外では確立していないので、慎重に計画的にやる必要があるし、法手続きもクリアしなければならない。郷公園では、これまでにこの技術の有効性や問題点について検討を重ねてきたが、2月の園会議で、まずは♀×♀ペアの卵を飼育下の健全な好ましい家系の卵と交換する方法の確立を目指すことにした。この方法が成功すると、コウノトリだけではなく、ほかの鳥類の野生復帰にも応用できそうだし、福井県を始め、各地で始まっている将来の放鳥を見越した飼育事業にも大きな福音になるだろう。また、白山へ雷鳥のメスが単独で移動・定着して、そこで営巣、無精卵の産卵、抱卵などをしている彼女の無駄な努力に人間が手を貸してあげる道を開くことになるかもしれない。いずれにしても、動物園ではよくやられていることの野外への応用であるが、我が国の野生復帰事業に画期的な道を開きそうだ。

時も時、2013年2月28日、佐渡のトキのペアが今年初の巣作りを始めた。このペアが何と、年齡の異なる「兄妹婚」だったのである。もはや猶予なく「新しい技術」の開発が望まれる。

(写真)コウノトリの♀×♀ペア

写真 コウノトリの♀×♀ペア

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