園長日記
園長日記もようやく50回目の記念する号数となったので、おめでたい話を一つ。ソデグロヅルというツルがいる。このツルの繁殖域は2つあって、一つはサハ共和国の北極海に近い森林ツンドラ地域で、もう一つはオビ川下流のタイガ北部の湿地である。個体数はきわめて少なく、後者ではほぼ壊滅状態で、前者ではおそらく4,000羽以下であろう。もちろん、国際自然保護連合(IUCN)のレッドリストでは一番危険なカテゴリーに入っている絶滅危惧種だ。この珍客が昨年から今年にかけて豊岡に滞在していた。
2014年10月22日、コウノトリの調査員から「背中の茶色いコウノトリがいる」との連絡を受けて現場の円山川に駆けつけた郷公園の研究員が見たものは、まぎれもなくソデグロヅルの幼鳥であった。翼の先(そで)が黒いことからその名前がついており、幼鳥には茶色い羽毛が残るが成鳥は翼以外全身真っ白になる、ツル類の中でも美しい種である。
通常、ツル類は越冬期も家族を中心とした群れで生活している。発見当時、幼鳥が単独でいることから、越冬地の中国の長江中流域に向かう途中で親鳥とはぐれ豊岡に迷行してきたと考えられた。しかし、豊岡の冬は雪が多いため、そのうち太平洋側のどこかへ移動するものと予想していたのだが、11月、12月になっても豊岡に滞在し続けた。
兵庫県では初めて記録されたソデグロヅルを豊岡の自称コウノトリ追っかけ隊の人たちも観察を続けた。ソデグロヅルは、主に水草の茎や根を食べる雑食性の鳥である。果たして豊岡に餌があるのかと気にかけていたら、国交省の自然再生事業で造られた河川の人工浅場で魚をとったり、コウノトリ育む農法の田んぼで、いわゆる水田雑草を掘ってはその根を食べたりしていたそうである。餌があるだけで一冬を越すとは限らないのだが、居続けた要因としてコウノトリの存在があったようだ。
この幼鳥は、飛来当初、六方田んぼになわばりを持っているコウノトリのペアにクルルクルルという親に甘えるような声をあげて飛んで近づいていった。コウノトリの方は、びっくりして遠ざかるのだが、ソデグロヅルはそれでも何度も接近を試みていた。そのうちコウノトリも慣れたのか、ソデグロヅルと一緒に餌をとるまでになった(写真1)。
コウノトリ市民研究所のメンバーの観察によると、夜には、コウノトリのペアがねぐらをとっている人工巣塔のそばの田んぼにいたそうである。コウノトリと違ってツル類は木に止まれないので仕方なく地上にいたのであろうが、もしかすると白くて大きな鳥であるコウノトリを、ソデグロヅルは、親鳥、いや少なくとも仲間と思っていたのではないだろうか。
ソデグロヅルにとって、豊岡は、物心ともに冬を過ごすだけの条件が揃っていたのである。豊岡に飛来したのは、親鳥からはぐれたあげくの偶然であっても、ここで越冬したことは必然であった気がする。コウノトリの野生復帰事業による成果のすばらしい副産物となった。
そして、このソデグロヅル、春になったら北へ帰るだろうという大方の予想を裏切って、5月になってもまだ留まっていたが、豊岡市日高町での5月24日の目撃を最後に豊岡市からいなくなった。北へ帰ったのかと思っていたら、その後、島根県出雲市で6月2日に確認されたそうだ。北帰の途中だろうか?それにしても、来シーズンも豊岡にきてほしいものである。
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