公立大学法人 兵庫県立大学大学院大学院 地域資源マネジメント研究科

園長日記

(002)野外第2世代ペアのオスの死

コウノトリについての昨年のトップニュースは、何といっても「野外第2世代の福田ペアが第3世代のヒナを巣立たせたこと」だろう。ところが、こともあろうに、この大切なペアのうちのオス(3歳)(写真)を、2012年11月30日、捕獲して足輪を装着する作業中に死亡させてしまった。その責任の大きさと、再びこうした過ちを犯さないため、原因の究明と対策は、郷公園ではすでに十分に検討されている。そのことについては別の機会に書くとして、今日は、それでもなお、足輪付けの作業を継続しなければならない理由について考えてみたい。それは、これまでも、捕獲と足輪装着について疑問視する声が地元にあることを私自身がよく承知しているからである。

今、野生コウノトリが抱えている大きな問題の一つに遺伝的多様性の低下がある。もともとの創設ペアが少数であったために、遺伝タイプが限られていて、どんどん血が濃くなっている。これを改善するために、国の内外の動物園などから新しい遺伝タイプの個体を譲り受けたり、借り受けたりする努力が払われている。こうした時に、たまさか国外から自力で飛んでくるコウノトリは、豊岡の野生コウノトリ個体群の遺伝的健全化のために、「熱烈歓迎」されることは言うまでもない。こうしたお客様には、優先的に繁殖の機会を与えなければならないだろう。さらに、遺伝的多様化だけではなく、真の野生のコウノトリから、私たちが学んだことははかり知れなかった。過去に「ハチゴロウ」や「エヒメ」にあれほどの熱い視線が投げかけられたのもそのためである。

このコウノトリは豊岡生まれではないと判定するには、豊岡個体群には足輪がついている必要がある。すべての個体に足輪がついていれば、足輪のついていないコウノトリが現れると、それはおそらく大陸から来た個体であろうと推測がつくからである。私は個人的にはコウノトリでなくとも野生の動物に標識がついていることを好まない。郷公園では、足輪による個体識別ではなく、体色や形態のわずかの差異から、個体識別をする科学的方法を鋭意模索しているが、残念ながら現在のところ、まだその方法を確立するに至っていない。 次に標識をしなければならない理由は、野生化の初期段階においては、人為的操作を加えても近親交配を避ける必要があることだ。野生動物で近親交配の悪影響がどれほどのものかを明らかにした研究はまだない。だから、人間についての一般的経験からその悪影響を想像するしかないのだが、近親交配は避けるに越したことはないことは確かだろう。現在、豊岡では12ペアが野外で繁殖しているわけだが、そのうちの2ペア(「母親×息子」と「姉×弟」)が「近親婚」であり、これは全体の17%にものぼる。ヨーロッパのシジュウカラや、私が研究したモズでは数%の近親婚が報告されているが、これはメタ個体群が何万、何十万という母数のなかで起きている割合であり、10ペア強という限られた数の中で、これだけの近親婚が起きるというのは正常とは思えない。こうしたことがわかるのも、コウノトリたちに足輪がついており出自が判明しているからであり、だからこそ対処の方策も考えることが可能になるのである。

捕獲時に血液検査をして健康状態をチェックするとか、DNAを使って性別を判定することも可能だが、これらはあくまで付随してできることであり、そのために捕獲するのではない。福田の場合のように、つがい相手の性がわかれば、足輪のない個体でも性別はわかるからである。捕獲・標識の努力は野生個体群の数が増えれば、いつかは限界が来るだろう。しかし、ある程度個体群が増加するまでは、その遺伝的健全性を保つために人間が手を貸してやる必要がある。それが、野生復帰を始めた人間の責任のひとつでもあろう。 郷公園では、少しでも野外での捕獲を少なくするために、巣内でのヒナの時期に足輪を施す作業を今年から計画している。もちろん、私がこれを書いたからといって、福田ペアのオスを殺してしまった責任を免れたわけではない。しかしだ。死亡の可能性があるからといって捕獲と標識をやめるわけにはいかない理由についてご理解をいただきたい。郷公園は決して「研究のための研究」をしているわけではないのだ。

(写真)生きていた頃の福田ペアのオス。2009年に「伊豆巣塔」で生まれた

写真 生きていた頃の福田ペアのオス。2009年に「伊豆巣塔」で生まれた

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