園長日記
4月4日に、環境省の「トキ野生復帰に関する緊急会議」が東京で開催された。なぜ緊急かというと、4月2日時点で、佐渡の野外でできた22ペアのうち3ペア(13.3%)の兄妹、姉弟婚が形成され、その孵化が迫ってきたからである。私は「トキ野生復帰分科会」の座長として、かねてからコウノトリに起きたことは、必ずトキでも起きることだから、早く考えるように警鐘を鳴らしてきたが「緊急会議」という形になってしまって残念だった。とは言うもののギリギリで対応が決まったことにほっとしたのも事実だ。
環境省がここまで対応が遅れたのは、サボっていたというより、佐渡のトキの遺伝的現状について深く考えれば考えるほど、こうした「許されない結婚」に人間が介入して妨害すべきかどうかの判断が難しかったのである。現在生息が確認されている放鳥トキは、すべて1999年に中国から贈られた友友、洋洋から生まれた子(A系統)と、その兄に当たる優優と2007年に中国から供与された美美の子(B系統)との間にできた子に当たる。つまり、放鳥トキ同士は「いとこ」であり、かつ、両親同士が「叔父ー姪、あるいは、叔母ー甥」の関係である。しかも、友友、洋洋、美美の3羽にも血縁関係があると考えられている。こうした状況の中で、今回できた兄妹婚の繁殖に積極的に人が介入することの意義がどれほどあるのかという難しい議論だった。これに、一旦野生に戻したトキたちに人為的に手を加えることの是非の問題も絡んで結論が出るのが遅れたようである。
会議の結論は、その効果ははっきりしないもの、創設個体群が確立するまでは、放置して近親交配を重ねると、病気への抵抗力や繁殖力が低い個体が増え、全体の生息数が減少する恐れがあるため、「予防的措置」として、兄弟の雄雌がつがいとなって卵が孵化した場合は、遺伝的影響を考慮してヒナを保護し人工飼育することにした。こうした孵化まで待つと言う消極的な方策を取る裏には、「孵化しない可能性が高いのではないか」という予想もあったことは事実だ。兄妹のつがいは6歳オスと4歳メス、3歳オスと2歳メスの2組が既に卵を温める「抱卵」中。ともに3歳の1組も営巣をはじており、卵を産む可能性が高い。6歳と4歳のつがいは3月14日に抱卵が分かり、今月中旬には孵化する可能性があるので見守っていく必要があろう。
さて、コウノトリの方だが、伊佐地区と赤石地区の人工巣塔で起きかけていた、いずれも姉弟婚の繁殖を妨害するために、巣台の上に障害物を設置して営巣を阻止する方法(写真1)をやむを得ずとったことを郷公園は3月26日に記者発表した。こちらは緊急会議を開く必要はなかった。コウノトリ野生復帰グランドデザインで、安定した個体群構造のかたちが見えるまで、遺伝的な劣化を極力避けるために、兄弟姉妹あるいは親子(ともに近縁度0.5)ペアの繁殖は、可能な限り人為的に防ぐことになっているので、それに粛々と従ったのだ。
これで、我が国で行われている大型鳥類の2つの野生復帰事業において、近親結婚に対する対応が基本的に同じものになったことは良いことだと考えているが、これも完全な対策とは言い難く、最終的にはこうした許されない結婚をしたペアの解消がなされないと根本的な解決にはならないのだ。見慣れない、編笠をかぶせたような異様な巣塔の姿にも、こういう理由でやっていることなので、どうか地域の方々は驚かないでご理解の程を頂戴したい。
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